左利きと霊感の関係について
左利きと霊感の関係について
左利きと霊感の関係について、スピリチュアルから見ると、全く関係がない話ではない。ただし、絶対的な話とも言い切れない。その理由も含め、この話について話をさせていただく。
まずは、多くの方が勘違いされている、霊感について話を押さえておかなければならない。
多くの方が、霊感について、特別な能力だと思われがちであるが、誰にでも霊感を持ち合わせている。ちなみに、霊感と霊能力には違いがある。
霊感とは、本来誰にでもあり、幽霊にも心があり、高次元の存在にも心があり、人々にも心があり心を感じる力である。
そして、人々の心の奥底が全て繋がっている考えがあり、その先は、心の世界である霊的な世界とも繋がっている。
霊感とは、例えば、他人と握手をした際、個人的な独特の雰囲気が伝わってくると思うが、それが、心を感じる小さな霊感の働きだ。
霊感については、ウィキペディアでも特別な能力として説明されているものであり、また、多くの方が、霊感とは心を感じる力との認識がない中で特別な能力だと思われてしまうのも致し方がない。
左脳と右脳、左脳は、言葉の組み立て、論理的な認識、計算や比較など、どちらかと言えば目に見える現実世界を認識する力に長けており、理系的な働きをする傾向がある。
右脳は、音楽のリズム、イメージによる認識、直感や全体的な雰囲気など、どちらかと言えば目に見えない心を感じる力に長けており、文系的な働きをする傾向がある。
本来、バランスが整っている方が望ましくあるが、人は価値を求める生き物であり偏りも現れやすく、その結果物事の考えや価値観に違いも現れやすくなるのだ。
左脳は、体の右側全体を司り、右脳は、体の左側全体を司り、つまり、左利きの人は右脳の働きが働きやすく、心を感じる力に影響与える力が現れやすい。
ただし、日本の教育は、知識の一つ一つの気づきのみに価値を置く傾向が高く、理解する姿として現れやすく、左利きだからといって心を感じる意識に意識が高いとも言い切れない。
ただ、この認識を持てば、左利きの人は、右利きの人に比べて、心を感じる霊感を高めることができるものでもあるであろう。
多くの方が、右利きであり、理系よりの既存の知識に価値を置く傾向が高く、その中で左利きの人は、特別な才能を発揮しやすくなり、天才だと見られる姿も現れやすくなる。
魂の成長、このブログでは何度も話をさせていただいているが、知識の成長が知識の一つ一つの気づきであり、心の成長である霊格の成長も同じく心からの一つ一つの気づきである。
霊格が高まれば、精神的な意味で存在力が高まり、他者の心を満たす創造力も高まり、心の気づきが多い分だけ物事を見る視野も広がりやすくなる。この話は、難しい話ではなく精神的な意味で大人になる話だ。
霊格が低いとは、精神的な意味で存在力が弱く、他者の心満たすよりも自分の心が満たされたい気持ちを優先になりがちであり、心の気づきが少ない分だけ物事を見る視野も狭くなりがちになる。この話も、難しい話ではなく精神的な意味で子供だ。
左利きの人は、心に対して意識が高まりやすく、心からの一つ一つの気づきによって霊格が高まりやすくなると思われるかもしれない。
必ずとも、そうとも言い切れない。
心に意識が高い姿、自分自身の心の上に意識が高まりやすくなる場合もあり、他者から気づかされる心からの一つ一つの気づきに関心が薄く、霊格が低い状態も現れやすくなるのだ。
そのため、左利きの人は、普通の人と比べれば、霊格が高い人と霊格が低い人の極端な差が現れやすくなる可能性も考えられる。
左利きの人に対して、うらやましく思われるかもしれないが、決してうらやましい話でもなく、アンバランスな姿も現れやすく、ネジが弱く、バランス棒をフラフラとする姿も現れやすくなる。
以下のリンク先は、姉妹ブログ スピリチュアル7からのお勧め50記事である。興味がある場合は、ぜひ、参考にして欲しい。