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2018年9月18日火曜日

当ブログ 霊能力者への相談(プロフィール)

 当ブログ 霊能力者への相談への(プロフィール) 


プロフィール

私自身が誰かについては、私自身は、どうでも良いと思っている。なぜならば、自動書記の様な近い状態でブログを書いている物であり、その中には、私自身が新たに発見する知識などもあるためだ。


つまり、私自身が直接に書いている内容では無い内容も含まれている。多少霊感の高い人、もしくは霊能力者の方であれば、感覚や見える内容などが与えられている内容だと気づかれる人も多いであろう。

これは、良く見られる才能の一つで、小説家の百田尚樹氏は、フィルータをかけずに、直接、頭に入ってくる内容を直接に文章に書き起こしていると紹介されている。自分自身でも自分の文章に驚かせられる場合もあるそうだ。私自身もそれに近い感覚かもしれない。

言葉を言い換えるならば、天から情報が降りてくる様な感覚だ。

ただし、誰の口から発言するかによって、同じ文章でも文章に対する価値は変わってくるであろう。そのため、気になる人のために、少しだけ私自身の霊的な内容と、経歴などのプロフィールを紹介させていただく。

私は、男性だ。小学校時代は、あだ名が噂人間と言われる様な不思議な出来ことが数多くあった。私がいる中で、誰かの話題をしていると、その人が突然現れる内容だ。

何人もの霊能力者からは、霊視などの力を教えてあげても良いと言う中で、霊能力者になる様に進められている場合もある。親が芸術家であり、親戚の中には、神事なども行っている人もいるため、霊感の高い家系だとは自覚をしている。

当時の私は、様々な霊能力者に言われる中にある中にあったが、オカルト的な霊的な内容に興味は無く、普通の生活を送る決断をした日に、自宅が火災に合い、致し方なく、私の霊感を使って相談に応じる決断をした次第だ。

何度か幻覚に合う姿もあり、一体人間とは?心とは?と疑問に思う中で、心にも興味を持ち、初めて手にしたのが、ユング心理学でも有名な、河合隼雄氏の心理学入門と呼ばれる本に本屋で目が奪われた。

当時の私は、心理学には、興味は無く、人の心を理として型にはめる姿に不信感を抱き、人には自由精神がある。なんと馬鹿げた学問なのだ。と思っていたのだ。ただし、ふと、本屋に置いてあった、その心理学入門に手を伸ばした。

大学生向けの本であるため、当時の私は、何を書いているのかさっぱり分からない。当時の私は、ぱっとめくった瞬間一生かかっても、この内容は理解できないんだろうと思っていたのだ。ただし、集合的無意識と言う言葉に目が止まり、そこを読むと、その内容だけが理解できたのだ。そして私は悟った、この集合的無意識が、今までの偶然の出来事と、幻覚とに関係があるのだと。

集合的無意識については、Wikipediaやインターネット上で詳しく紹介されている場合もあり、詳しい話しは割愛させていただくが、簡単に言えば、人の心の底は全て繋がっており、個人から入ってくる様々な記憶が貯蓄されていると考えられている話しである。

集合的無意識は、ただ、記憶が蓄えられているのでは無く、生きている生命に影響を与える場合もあると考えられている。

例えば、ミツバチは、学校にも通っていないにも関わらず、見事、六角形の巣を作り上げれる。ミツバチが、集合的無意識にアクセスを行い、設計図の情報を引き出していると考えられているのだ。アクセスをしているのでは無く、作る様にイメージを与えられていると考えられる場合もあるであろう。

人で例えれば、人は、指の様な存在であり、指から脳に情報を送る場合もあれば、脳からの司令で、指が動かされる場合もある。指同士は、離れてはいるが、根本では手のひらを通してくっついている様なイメージだ。集合的無意識とは、人の脳の様な姿であり、神経のネットワークを通して、情報を処理している様な考えもある。

おまじないとは、集合的無意識に願いを届け、集合的無意識が処理を行い、この世に影響を与えてくれる行為かもしれない。

江原啓之氏の話しによれば、人には、オーラがあり、オーラの上は、棒の様な状態で伸びており、そのオーラは、あの世とくっついていると説明されている。もしかすれば、集合的無意識とは、あの世の世界の一部、あの世そのものとも考えられるであろう。

集合的無意識とは、その様な世界なのか、それとも、意識を持ち合わせた存在なのか分からないが、神の存在や、未来や過去などの情報が存在するアカシックレコードと呼ばれる場合もあるのだ。

集合的無意識は、分かりやすく、この様に例えれる場合もある。私達は、海の上で浮いている様な存在であり、心の奥底は、霊が魚の様に存在し、私達を見ている例え話しだ。海(海底)そのものが、集合的無意識と呼ばれる様な考え方だ。

これが、事実であれば、亡くなった人が、人の心の中にいると言う考えは、まんざら思い込みでは無く、現実の話しとして存在している可能性もあるであろう。

今では、小学生の内容が直ぐに理解できる様に、この本に書いている内容は全て理解できる様にはなっている。

私が見る幻覚は、少し変わっている。自らの意志で幻覚を見る事はできない。私の場合は、まず、耳元に小さなノイズが聞こえ出す。耳の外から聞こえるのでは無く、耳の中から聞こえる感覚でもある。

インターネット上で手に入れれる音楽用のノイズでは無く、深夜にテレビ番組が終わった後に聞こえるノイズに近い。

耳元に、音楽を調整する丸いボリュームが付いている様な感覚の中で、それを調整するかの様に徐々に周りの音が小さくなっていくのだ。次の瞬間、暗い空間に覆われ、目の前に何かしらの意味のある映像が現れる。その間は、静寂の中にいる様な感覚でもある。又、意識が物凄く集中している状態でもある。

それを見終わった後は、再びノイズが聞こえだし、徐々に元の世界の音が聞こえだしてくるのだ。黒い空間から現実に戻る時は、一瞬で変わるのでは無く、徐々に暗い空間が薄れる中で元の世界へ戻って行く様な感覚でもある。

話は、前後してしまうかもしれないが、私の家はそれほどお金持ちでは無く、高校卒業した後、就職をしなければならなかった。そのため、私は高校時代は、高校卒業後、就職を考え情報技術科のある学校を選び通った。

(情報技術とは、ソフトなどのプログラム言語を中心とした勉強)

今から、考えれば、高校で学ぶ様な情報技術は社会では通用せず、そもそも、プログラムも進化するため、まったく意味の無い授業でもあった。しかし、プログラムの論理的な思考は、今でも私に役立っている。少し私のブログが、細かく理屈っぽいのは、プログラム言語の知識がそうさせているのかもしれない。

現在に至っては、相談者に相談に応じる場合において、相手の心の細かな感情に意識を向け、分かりやすく伝えるために、論理的な思考が働きだし、伝えるべき言葉が湧いてくる中で詳しく伝える力として、高校時代の経験は今にでも役に立っている。これも、運命的な宿命だったのかもしれない。

高校卒業後は、体力にも自信がなかったため、三系と呼ばれる仕事は避ける中で、学校の求人にあった従業員三十人ほどの会社に応募したのだ。

試験が終わった後、その会社から内定をいただいた。しかし、その会社は、従業員三十人ほどの会社では無く、三系の一つである当時としては大手の警備会社だったのだ。学校の担任から呼ばれ、もうこの様な求人票は、学校にはよこさないから、最低三年間は我慢しろと言われた。就職氷河期であり、就職できれば良い時代でもあった。

よくよく調べなかった私も馬鹿であったが、当時の高校生は、大学生みたいに様々な事について、詳しく調べる人はほとんどいない。就職できれば、どこでも良いという考えの持ち主ばかりだ。インターネットも今ほどそれほど、普及してはいなかった。調べようにも、詳しく知る手段は無い。

先生が言った三年とは、転職する場合、最低三年は働かなければ、社会から信用がされないためだ。就職氷河期だったため、先生の気持ちもよく分かる。

私は、その警備会社に就職をする事を決断し、派遣先は、入ってからでしか分からなかった。派遣された場所が、東京の渋谷にあるNHK放送センターだったのである。

私の両親は、芸術家であり、頑固な一面もあり、家庭ではNHKしか見せてくれなかったのだ。その姿に不満はもちろんあり、NHKに対して、不愉快な思いを抱いていた。それまで芸能人の名前は、ほとんど知らなかった。友達の同士の会話には、入れない姿も多くあったのだ。

それが、なんと、自分が渋谷にあるNHKで警備員として働くなるとは、誰も思われない内容であろう。

警備会社での出来事であるが、5分がたったと思った所、時計を見ると、20分以上たっているでは無いか。私は、恐怖を感じた。今まで脳が停止していたのではないかと。その恐怖から、会社を退社するまで、様々な本に目を通し、何かしらを考える事とし、膨大な時間を使って世の中の事について考える事にした次第でもある。

初めは、人が無から生まれたらば、生まれる場所すら存在しないではないかと考えた。この矛盾について疑問に思う中から、私の考える姿は現れ始めたと言えよう。

警備会社の仕事は、警備であるが、不審者などは直ぐに目につくものであり、ほとんどは平常時である。極端な話し、暇な時間帯は本当に暇だ。脳細胞が死ぬのではないかと思われるぐらい。

発狂しそうなほど精神が耐えれなくり、辞めてしまう人も、もちろん多い。大学卒業で入社したにも関わらず、新入社員の半分は一年で辞め、三年後は、数人しか残っている姿もよくある話しでもある。

ちなみに、当務と呼ばれる24時間勤務が基本であり、仮眠はあるが、人がいなければ、8時間の残業は当たり前、時には、夜勤から入り、夜勤が明け、24時間と続き、その後、日勤へとの勤務もある。

私は、寮生活であったが、発想を変え、NHKを我が家と思って仕事を行っていた。入社の自衛隊体験入隊などもあり、それに比べれば、それほど苦でもなかった。

ブラック企業だと思われるかもしれないが、人がいなければ、仕事が成り立たないものであり、警備に限らず、人が集まらない企業は、致し方が無い場合もあるであろう。

近年、残業の社会ニュースがあるが、仮に自衛隊の方が、戦場において、時間が来たから帰るとは、とても言えないはずだ。残業と言う拘束されていると言う考え方が、精神を圧迫させ、人を苦しめていると考える。これが、楽しい仕事や、ゲームなどであれば、話しも変わって来るのかもしれない。

驚いた事に、大学卒業で新入社員の中に、仕事を初めて30分で辞めた人もいた。

私自身の警備会社での出来事は、内面を鍛える修行として、自身で考える力が身についたと言えよう。これも運命の一つだっと考えている。江原啓之氏も警備会社でアルバイトをしたいた時代もあると言われ、霊能力者へ歩む人の中には、警備員になる話についてよくある話しなのかもしれない。

余談であるが、修行僧の中には、修行の一貫として、アルバイト目的に警備員になる人もいる。ただ、ボーと立っているのでは無く、内面に意識を向け、霊的な力が高まっている人もいるであろう。

この様な話しをすれば、警備員に対する見方が変わって来る人もいるのではないであろうか。

NHKの警備は、四年で辞めた。周りからは、もったいないと言われた事もあるが、そもそも警備員にはなるつもりは無く、芸能人にもそれほど興味は無かった思いもある。

余談であるが、毎日、頻繁に芸能人を見て思った事がある。凄いのは芸能人では無く、このメディアを作った技術だ。一般の人でも、頻繁にテレビに映れば、有名人になれる。芸能人は、メディアに感謝をし、この技術を作った人に、もちろん、周りがサポートしているスタッフも含め、感謝をしなければならないであろうと思った。

また、芸能人とは生きにくい存在だとも思った。私自身は、普通にNHKを出入り出来る。ただし、芸能人は、帽子などをかぶって隠れながら入らなければならない。それは、まるで犯罪者が世間の目を気にして、おどおどと生活をしている様な姿だ。テレビ局などでしか、堂々と自分をさらけ出す事ができない。

全ての芸能人がこの様な傾向にある訳では無いが、ほとんどの多くは、一般の人の目を気にしながら生活を送られている。何かとストレスが抱えやすい環境であろう。

その後、警備会社にいる時に、様々な知識を考える中で、心理学を中心とした大学生が学ぶ知識は頭にはもう入っていたが、改めて、心理学系の大学に通う事を決め、様々な道を歩む中で、現在に至る。

様々な霊能力者に相談をした中の一つに、あなたは、自分自身で考えるために生まれて来たと言われた事がある。たしかに、私の生き方とは、自分自身で考える事ばかりだった様にも思われる。他人の意見は参考にするが、あくまでも、それは参考程度である。

私自身の考えになるが、親の影響や家系の影響から私自身は多少霊感は高く、高校時代は情報技術を学び、様々な偶然の一致、又は、運命的な出来事などの経験、大学では心理学系の学問を学び、警備員時代は、哲学的な考えを考えさせられ、その結果、全てはプログラムの様に働いている結論を感じている。

運命は変えれるのかについて考えた場合、決められた人生などつまらないと思われる人もいるかもしれない。ただし、一人の運命が変われば、それは、ドミノ倒しの様に様々な人の運命が変わる。多くの人の運命が変われば、それは更に高まり、不確定性の高い未来が生じやすく確定しずらい環境が現れる。その様な環境では、誰一人、未来を言い当てる人は現れないであろう。

又、不確定性の高い社会は、もしかすれば、世の中を崩壊してしまいかねない。現に、今まで世界が成り立っているのは、ただの奇跡や偶然では無く、今後の世界の進化も含め、集合的無意識によって管理されていると考えた方が妥当であろう。

少し話しは脱線するが、私自身、火災が起きる事を始め、様々な霊能力者に未来を言い当てられた一面がある。火災については、そもそも、社会的から批判を受けるオカルト的な内容に全く興味は無く、霊能力者の方に人のために尽くすように言われる中、悩む思いを抱えていた。

当時の私は、人生なんて一度しか無い、人の相談に応じるなどアホらしい、自分の人生だから、好きな様に生きて何が悪いと思う中で、普通の人生を決断した所、その日に自宅が全焼した。精神が落ち込んでいた所、気分転換のために、ある漫画を購入したのだ。

その漫画のタイトルは、自分の人生が変だったからかもしれないかもしれないが、古本屋でhenと言う漫画を手にし購入した。その漫画は、あるサラリーマンが、様々な不幸に出会う。そのサラリーマンにとっての不幸は、まるで、自分の運命が誰かにコントロールされているかの様に、ありえない不幸による出来事が頻繁に起きるのだ。

そのサラリーマンは、ある考えを思いつく。自殺をすれば、流石に自分自身をコントロールする事はできないであろうと。私、自身もその様な思いを多少思い込んでいた。まるで、私を見ている様な内容だ。

そのサラリーマンは自殺を図るのだ。ビルの屋上から自殺を図り、落ち様とした所にたまたま、車に引かれそうな女の子がいた。そのサラリーマンがが落ちる瞬間に、その車と接触をし、そのサラリーマンは、地面に接触する事は無く、車によって飛ばされた。

車に引かれそうな女の子は、命が助かり、サラリーマンは、大怪我をしたが命は助かった。

入院中に、頭の輪っかが付いている天使が、そのサラリーマンの元に降りてくる。そのサラリーマンにこの様な言葉を放つ。あなたは、前世で多くの命を奪ったから、後、100人の命を助けなければ、あなたは、死ぬ事すらできないと。。。

まるで、私自身に言った様な言葉だと悟った。その後、決心をし、人の相談に応じる事を行った次第でもある。

たかが漫画、たかが偶然だと思われるかもしれない。人の知識はどこから来たのかと考えれば、漫画や小説なども含め、全てのあるゆる物は、集合的無意識から現れ、情報によって管理されている考えも少なからずありえよう。

哲学的な話しになれば、あらゆる全てはの知識はどこかに存在し、人の考える内容は、その知識を思い出しているに過ぎない考え方もある。全ての知識をイディアとも呼ばれ、アイデアの語源でもある。

これが事実であれば、著作権とは、本人独自で考えた内容では無く、既にある知識を思い出しているに過ぎない話しになるであろう。著作権保持者が、あの世へ帰り、その事実に気がついたならば、どうして、授かった知識を多くの人に活用させる事が出来なかったのだろうか・・・と後悔されるかもしれない。

その人のカルマとなり、来生の生まれる目的ともなる可能性も考えられる。

多くの霊能力者の方は、当初は、好きで行っているのでは無く、自分の運命、宿命を受け入れて人の相談に応じている。

私自身は、霊視をする力は現在は無いが、霊視ができる霊能力者の方は、様々な見える未来が当たる場合もあるため、私以上に、この世は情報によって成り立ち、コントロールされ、全ては必然的に起きている事をより実感しているであろう。

霊能力者の江原啓之氏は、全ては必然に現れている。電車の中で出会う人も、ただの偶然では無く、必然的と言葉を残されている。私自身もそれと同意だ。

ただし、中には、全ては必然であるため、努力をしても無駄だと思われる人もいるかもしれない。努力をする姿も必然な事と言い切る事もできるはずだ。

沖縄のユタと呼ばれる霊能力者の言葉で、よくある言葉の一つに、好きで人の相談に応じているのでは無いと言う言葉もある。多くの霊能力者も同じ思いのはずだ。

少しは、霊能力者の方の心の思いも理解していただけるのではないであろうか。ただし、霊能力者の人は、人の相談に対して嫌々行っているのでは無く、運命を受け入れ、人のためと思って活動されている人がほとんどでもある。

そもそも、力を授ける高級霊の意志は、人に尽くす思いが強い。高級霊と同じ思いである波長と同じ思いに立たなければ、力は発揮されにくい場合もある。そのため、多くの霊能力者の方は、人に尽くす思いが、人一倍強いのも確かでもある。

実際に、霊能力者として相談を受けている人は分かるかもしれないが、恋愛などの悩みにおける相談者の中には、同じ様な悩みで、同じアドバイスをしなければならない姿がある。それは、効率的では無く、文章に残し、多くの人に見てもらう方がより効率的であろう。

江原啓之氏はこの様な思いから、一人一人に対する相談事を辞め、文章で伝える方針に趣旨を変えたと説明されていた。

私自身が、このブログで残す内容はそれに近いかもしれない。又、私自身は、自分の意志によって霊視をする力は今は無い。

悩みを抱えている人は、一度、霊視を体験する事で、霊に対する信憑性も高まるはずだ。そのため、霊能力者への情報も紹介させていただいている。私自身のブログは、考え方などの、人生の糧にできる内容として参考にしていただければ、幸いである。

私自身の伝える情報は、相談に受けた中で、相談者に伝えておきたい内容などの知識なども含まれている。霊視ができる霊能力者に相談をされる場合、プラスαの知識だと思っていただきたい。

自動書記の様な状態で、ブログに記載しているため、私自身の言葉と言うよりも、私をサポートする霊からのメッセージだと思っていただく方が良い。霊視なども含め、他の霊能力者も同じ様な内容であるため、価値のある情報だと思っていただくのも良いであろう。

追記、このページで扱われている画像は、月光だ。月は、暗闇に光を与える意味があり、暗い闇に光を照らす意味がある。月を見る時は、その様な考えを持ち合わせて見ると、神聖な思いが心に湧いてくるかもしれない。まだ知らない世界、それは暗闇に埋もれている様な物でもあり、月光が照らす光のある場所を見る事によって、新たな世界が少しづづ広がって行く姿もある。

人の脳は、常に様々な知識を身に付けたい欲求がある。新しい情報を求めたり、新たな出来事にチャレンジする事で、脳は欲求を満たし、生きている姿に充実感を感じれる場合もあるであろう。その様な生き方を望まれるのもお勧めである。

もしかすれば、人は、様々な経験を行う中で、あの世に情報を送るために、あの世から派遣されている可能性も考えられる。それが事実であれば、後悔をしない様に、様々な経験を行うのも大切であろう。

霊能力者や、霊能力者をサポートする高級霊の存在意義は、人々の悩み事を解き放ち、積極的に人生を経験してもらうために存在しているのかもしれない。




黄金の蝶
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